人間は肉身とともに、霊人体を持っています。肉身は死んだら土に還りますが、霊人体は霊界で永遠に存在し続けます。
自然界に存在するよろずのもの(=万物)には、目に見えない「性質」に相当する部分と目に見える「形」に相当する部分とがあります。
例えば、食塩は「なめると塩辛い味」、「食べ物などの腐敗の原因である細菌や菌の繁殖を防ぐ」などが目に見えない「性質」に相当する部分で、「サイコロ状の白い小さな粒(※)」が目に見える「形」に相当する部分です。
※実際には、塩の結晶は無色透明です。光の反射(乱反射)が原因で白く見えます。
植物では、光の方向に芽が伸びたり(光屈性)、光の方向に葉を広げたり、地中に根を伸ばすなどが、目に見えない「性質」に相当する部分です。同時に、茎や葉、花が目に見える「形」に相当する部分です。
動物には、目に見えない「本能」と目に見える「体」があります。そして、人間にも、目に見えない「心」と目に見える「体」があります。
人間は「霊人体(霊魂)」と「肉身」からなっているという見方があります。さらに、霊人体にも「心」に相当する部分と「体」に相当する部分があり、「肉身」にも「心」と「体」に相当する部分があるといいます。
霊人体 | 生心 | 霊人体の心に相当する部分 「真・善・美」と「愛」を追求する心 |
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霊体 | 霊人体の体に相当する部分 | |
肉身 | 肉心 | 肉体の心に相当する部分 「衣・食・住」と「性」を追求する本能的な心 |
肉体 | 肉身の体に相当する部分 |
※死とともに「肉身」は滅び、「霊人体(霊魂)」は、肉体を脱ぎ捨て、永遠にあの世で生きるといわれます。人々が故人に感謝の意を示し、あの世に送り出す「お葬式」も、その思想に基づいたものといえるでしょう。
肉身と霊人体は重なって存在するといわれています。しかし、肉身は寿命があるため、一定の期間中にだけ生存し、土に還ります。肉身は、自然界の万物(鉱物や動植物)と同じ要素からできており、鉱物質や細胞や組織で構成されています。
一方、霊人体は霊的な要素からできているため、通常は肉眼では見えませんが、肉身とほぼ似た姿をしており、永遠に存在するといわれています。
ところで、私たちは、「肉身」を「私」のように考えて生活しています。しかし、本当の「私」は「霊人体」であり、肉身は「私」が着ている「衣服」のようなものであるといわれます。「肉身」に寿命がきたときには、「霊人体」は古い衣服(肉身)を脱ぎ捨てて、霊界(いわゆる「あの世」)で永遠に生きるからです。
ところで、この「肉身」と「霊人体」の考え方の肝となる部分があります。それは、「肉身」とはとてもよくできた衣服であるとともに、「本当の私(霊人体)」に栄養を供給して育ててくれる栄養源であるということです。
植物は緑の衣(葉緑素)をまとい、太陽の光を受けて、栄養分(デンプンなど)をつくって成長します。そして、寿命がきたら、植物体は土に還ります。
これと同じように霊人体が成長するためには、肉身が必要です。そして、寿命がきたら、肉身は土に還るのです。
霊人体の成長は、キリスト教では「愛を育むこと」であり、仏教では「慈悲の心を育むこと」に相当します。「愛」や「慈悲」は、霊人体が肉体から離れた後(つまり死後)には、育むことができません。それらを育むための栄養源となる「肉身」がないからです。
そして、霊界には階層があり、死後は、霊人体の成長のレベルに応じた階層へ行くといわれています。
〔参考・引用〕
統一思想研究院「新版 統一思想要綱」/教育部長の講義日記「人間は他界後、3カ所に住み分ける」