
第四の災い虻の大群が
エジプトを襲う
エジプトを襲う
第四の災い ― アブの災い
ファラオは、神の警告を聞いては一時的に態度を改めるものの、結局は約束を破り続けていました。 その頑なな姿勢に対し、神は第四の災いとして「アブの災い」をエジプトに下します。
突如として現れたアブの大群は、ファラオの宮殿にまで押し寄せ、エジプト人の家々や畑、町の隅々にまで入り込みました。 人々は休むことも逃れることもできず、生活は完全に混乱します。 家畜を刺して血を吸い、病を媒介するアブによって、エジプトの地は急速に荒廃していきました。
しかし、この災いには明確な「違い」がありました。 イスラエルの民が住むゴシェン地方には、アブが一匹たりとも入り込まなかったのです。 ここではじめて、神は「エジプト人」と「イスラエル人」をはっきりと区別し、 ご自身が誰の神であるかを、目に見える形で示されました。
追い詰められたファラオは、モーセとアロンを呼び寄せ、 「この地で、あなたたちの神に犠牲を捧げよ」と譲歩します。 モーセが神に願い出ると、アブの群れは嘘のように姿を消しました。
しかし、災いが去った途端、ファラオの心は再び閉ざされます。 彼は約束を翻し、イスラエルの民を解放することを拒みました。 こうしてファラオの頑なさは、さらに深まり、次の災いへと事態は進んでいくのです。
※ここでいう「アブ」は、聖書翻訳によって「ハエ」や「サシバエ」と訳されることもあります。 いずれも人や家畜に深刻な被害を与える害虫として知られています。
※第四の災い以降、災いはエジプト人のみに下され、イスラエルの民は守られるようになります。 これは、神がご自身の民を選び、守っておられることを明確に示す転換点となっています。
現代的視点から見る「アブの災い」
「アブの災い」は、神による出来事として『旧約聖書・出エジプト記』に記されていますが、 現代の私たちの視点から読むと、自然環境や衛生状態と関係づけて考えることもできそうです。
古代エジプトはナイル川の恵みによって豊かな土地でしたが、 その一方で、川の氾濫のあとにできる湿地や、家畜の多い生活環境は、 虫が発生しやすい条件でもあったと考えられています。
ハエやサシバエのような害虫は、人や家畜を刺して不快感を与えるだけでなく、 病気を運ぶこともあります。 そのため、こうした虫が大量に発生すると、 人々の生活が一気に混乱してしまうことは、十分に想像できます。
また、聖書ではイスラエルの民が住んでいたゴシェンの地には、 この災いが及ばなかったと記されています。 これは奇跡として語られる部分ですが、 現代的には、住んでいた地域の環境や生活条件の違いが、 被害の差として表れた可能性を考える人もいます。
現代社会でも、害虫の発生や感染症の広がりは、 水や住環境、衛生状態と深く関係していることが知られています。 その意味で、「アブの災い」は、 自然と人の暮らしのバランスが崩れたときに起こりうる出来事を、 象徴的に伝えているようにも読めます。
このように考えると、「アブの災い」は、 遠い昔の不思議な物語というだけでなく、 私たちの身近な環境や暮らしにも通じる教訓を含んでいる、 そんな出来事として受け取ることもできるのではないでしょうか。
主はモーセに言われた。「明朝早く起きて、水辺に下りて来るファラオを出迎えて、彼に言いなさい。主はこう言われた。『わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせよ。 もしあなたがわたしの民を去らせないならば、見よ、わたしはあなたとあなたの家臣とあなたの民とあなたの家にあぶを送る。エジプトの人家にも人が働いている畑地にもあぶが満ちるであろう。
しかし、その日、わたしはわたしの民の住むゴシェン地方を区別し、そこにあぶを入り込ませない。あなたはこうして、主なるわたしがこの地のただ中にいることを知るようになる。わたしは、わたしの民をあなたの民から区別して贖う。明日、このしるしが起こる』と。」主がそのとおり行われたので、あぶの大群がファラオの王宮や家臣の家に入り、エジプトの全土に及んだ。国はあぶのゆえに荒れ果てた。
ファラオがモーセとアロンを呼び寄せて、「行って、あなたたちの神にこの国の中で犠牲をささげるがよい」と言うと、モーセは答えた。「そうすることはできません。我々の神、主にささげる犠牲は、エジプト人のいとうものです。もし、彼らの前でエジプト人のいとうものをささげれば、我々を石で打ち殺すのではありませんか。
我々の神、主に犠牲をささげるには、神が命じられたように、三日の道のりを荒れ野に入らねばなりません。」ファラオが、「よし、わたしはあなたたちを去らせる。荒れ野であなたたちの神、主に犠牲をささげるがよい。ただし、あまり遠くへ行ってはならない。わたしのためにも祈願してくれ」と言うと、モーセは答えた。「では、あなたのもとから退出しましたら、早速主に祈願しましょう。明日になれば、あぶはファラオとその家臣と民の間から飛び去るでしょう。ただ、二度と、主に犠牲をささげるために民を去らせないなどと言って、我々を欺かないでください。」モーセはファラオのもとから退出すると、主に祈願した。主はモーセの願いどおりにされ、あぶはファラオと家臣と民の間からすべて飛び去り、一匹も残らなかった。
しかし、ファラオは今度もまた心を頑迷にして民を去らせなかった。
アブの災いって、どんなお話?〜第三の災いのおはなし〜

むかしむかし、エジプトという国に、イスラエルの人たちが住んでいました。でもその人たちは、ファラオという王さまに、つらい働きをさせられていました。
神さまは、モーセという人を通して、「イスラエルの人たちを自由にしてあげてほしい」とファラオに何度も伝えました。
けれどもファラオは、「わかった」と言っては、すぐに約束をやぶってしまいました。
そこで起こったのが、「アブの災い」です。
ある日、アブやハエのような虫が、エジプトじゅうにたくさん現れました。
お城の中にも、家の中にも、畑にも入りこんできて、人びとはとても困ってしまいました。
でも、ふしぎなことがありました。
イスラエルの人たちが住んでいたゴシェンの地には、虫がほとんど来なかったのです。
この出来事を通して、神さまは
「わたしは、あなたたちを見ているよ」
と伝えているようにも読めます。
虫がいなくなるように、モーセが神さまにお祈りすると、アブの大群はおさまりました。
ファラオは「イスラエルの人たちを行かせよう」と言いました。
ところが――
しばらくすると、ファラオはまた心をかたくして、
約束を守らなかったのです。
こうして、次の災いへとお話は進んでいきます。
このお話は、『出エジプト記』という聖書の中に書かれています。
はじめに苦しんでいたのは、イスラエルの人たちでした。
けれども、王さまが約束を守らなかったことで、
エジプトの人たちも、あとから困ることになりました。
このお話は、「約束を守ることの大切さ」や「だれかが苦しんでいるときに、見て見ぬふりをしないこと」を、
今の私たちにも考えさせてくれる物語だと読めます。