聖書と歴史の学習館

第十の災いエジプトの長子が
打たれる

The Death of the First Born
Erastus Salisbury Field 1865–80
01/03

第十の災い

イスラエルの神は、エジプトで奴隷として苦役を受けているイスラエル選民を解放すべく、エジプトに9度にわたり災いを下してきた。しかし、エジプトの王ファラオは、災いが起こると一度は民族の解放を約束するが、災いが収まると頑なになり、その約束を反故にしてきた。そこで、神はモーセとアロンに最後の災いを下すことを告げた。それは「エジプトの長子を皆殺しにする災い」であった。

02/03

エジプト人の長子が打たれる

第十の災いは真夜中に起こった。寝静まっているはずの町に、突然、夜襲にあったかのような悲鳴が響き渡った。家々には明かりが灯され、人々が飛び出し、「うちの長男が死んだ」「うちの長女が死んだ」という言葉が飛び交った。王宮から奴隷に至るまで、すべての家庭の長子が死んでしまった。

しかし、イスラエル人たちは、この災いを免れた。それは、イスラエル人の家の鴨居には小羊の鮮血が塗られていたからであった。羊の血を鴨居に塗ってある家は、災いが起きないということを、神により事前に告げられていたので、イスラエル人は皆、そのようにしていたのだ。

03/03

ついにファラオが降参

ファラオの王室をも襲ったこの事件で、ファラオはすっかり打ちのめされてしまった。ファラオは、その夜のうちに、モーセとアロンを呼びつけ、一刻も早く、エジプトから出て行くように命じた。ファラオは降参し、イスラエル人の解放を認めたのだ。

喜びいさんだイスラエル人たちは、荷造りもそこそこに、エジプト人たちから金銀の装飾品や衣類をせしめ、エジプトを後にした。

Old Testament

真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった。
ファラオは、モーセとアロンを夜のうちに呼び出して言った。「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい。」
エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。

出エジプト記 12章 29節~33節
©日本聖書教会/旧約聖書
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Old Testament

イスラエルの人々は、モーセの言葉どおりに行い、エジプト人から金銀の装飾品や衣類を求めた。主は、この民にエジプト人の好意を得させるようにされたので、エジプト人は彼らの求めに応じた。彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした。イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ六十万人であった。

出エジプト記 12章 35節~37節
©日本聖書教会/旧約聖書
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ファラオが打たれる

イスラエルの神は、最後の災いでエジプト王ファラオの長子をも打った。ファラオはエジプトの神々の中で最も偉大な神として、エジプトの人々に崇拝されていた。そのファラオを打つことにより、イスラエルの神は、エジプトの神に対して、優位性を示されたといわれる。

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過越祭出エジプトを記念する祭

過越祭はイスラエル三大祭りのなかでも最も重要なものとなっている。祭りはユダヤ歴1月14日(現在4月初め)の夕方に始まる。この日、ユダヤ人は遠い祖先が経験したあわただしい出発の夜を再現しようとする。イーストが入っていない「種入れぬパン」に苦菜を添え、ゆで卵、塩水などを食べる。

この晩餐には、少なくとも家族と同じだけの人数の客を招く。そのなかには異教徒や家族のいない孤独な人なども含まれる。神によって奴隷の地位から解放されたこの記念すべき日を、多くの人と祝うためである。